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サイパン旅行最終日

こんにちは。

御覧下さり、ありがとうございます。

笑うセールスマン777です。今回もよろしくお願いいたします。

 

さて、サイパン旅行も最終日。

急になぜ、最終日かと・・・。

2日目、3日目はパラセイルやシュノーケリング*¹をして楽しんだのです。ただ、駄目ですね。歳のせいでしょうか。これが皆が言う“楽しいかあ”と思ってしまいました。もちろん楽しいのですが、嫁のようにはどうも楽しめなくて。いかん、いかん。

 

「たへて桜のなかりせば 春のこころは のどけからまし」 とどうして藤原業平は詠んだのでしょうか。 興覚めしてしまったのでしょうか。みんなが楽しんでいるのに冷めている。私もそれに近い感じを抱いたまま、帰国の途につくのかと思っておりました。

 

サイパン最終日。半日観光。バンザイクリフ。バードアイランド、ラストコマンドポスト等を見て回りました。凄まじい銃痕の数々、焼けた岩肌、ボロボロの戦車。ガイドさんの話では日本が負け、1000人以上が亡くなったという話です。「天皇陛下、万歳」と言って亡くなった兵士から名付けてバンザイクリフ。一般の婦女子は天皇陛下、万歳とは言っていなかったとの話もありますが。お墓もあったので、南無しつつ、こんな戦争を起こしてはならないと思いました。

 

サイパン島に早くから住んでいたチャモロ族等もスペイン、ドイツ、そして日本の統治を受け、嫌な思いをしてきたのだと痛感。そのような歴史を最後に聞けたので良かった

なと感じました。最初に聞いていたら、(僕の場合)、楽しさのかけらも感じなかったでしょうが。

 

アメリカンメモリアルパークで無料で映像が見れたので見てきました。団体の中国人に先を越され結局、時間の関係上、中国語で映像を見たのですが、ガイドさんの話は当たっていました・・・。と自分一人で、さも理解した感じですが、内容は、嫁の実況中継で理解しただけです。

 

その女性のガイドさんの話の中で特に感銘を受けたのが、シュガーキングこと松江春次さんの話です。彼は会津出身で、角砂糖を日本で初めて製造し、日本がサイパンで鎮圧されるときにも米軍に「彼の銅像は壊すな」と言わしめた男*²です。ガイドさんの話をダンボのような耳で聞いてました。“大きくなっちゃった”ってわけです。なぜなら、母は会津出身だからです。この話を母にしたら、それはそれは大喜びでした。「へえ、知らなかったぁ」と。単純である。そんな母も僕の卒論*³には「ならぬものはなりませぬ」といった感じだったので、その時はしまったなぁと思いましたが、書いてしまったものは仕方がない。

 

いずれにしても、人、その島、国に歴史ありと感じられた、サイパンの旅 GREAT !!

 

 

REMARKS

*1マニャガハ島のシュノーケリングは度付きのゴーグルがあるので楽しめたが、グロットは度付きのゴーグルがないので、ほぼ魚が見れず、塩水を飲んで終わりました。目の悪い方はグロットのシュノーケリングはお薦めではないかもしれません。目が良ければ綺麗らしいですが・・・。

*2松江春次 - Wikipedia

*3卒論内容は薩摩藩当主斉彬と久光の公武合体運動について